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真田の物語 — 第一次上田合戦

1585年の第一次上田合戦を、軍議・攻防・勝敗の物語でたどります。史料で確認できる内容、後世の伝承、創作の台詞を区別して紹介します。

人物の台詞や配置は創作・演出上の再構成です。軍議は創作軍記として描かれ、罠や戦術に関する発言のすべてが史実として確認されているわけではありません。合戦場面では史料で確認できることと不明な点を注記しています。

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合戦の概要

徳川方7,000人余、真田方2,000人足らずと伝わる第一次上田合戦。上田城はまだ未完成でした。こんな粗末な城なら押し切れる――そう侮りたくなる相手が、大軍を食い止めます。土塁と柵、城下の道、崖と川。真田昌幸の戦いは、身近な地形を使い、敵の隙を突く泥臭い攻防でした。

軍議 — 創作軍記

徳川軍本陣の軍議
語り

天正十三年八月、信濃の夏空の下、七千の徳川の大軍が上田盆地を埋め尽くしていた。本陣の幕舎のなかに集まった面々は、徳川家康が誇る百戦錬磨の譜代の重臣たちである。

鳥居元忠

――して、真田の籠もる上田の城はどうなっている

語り

不機嫌そうに声を響かせたのは、実質的な総大将格である鳥居彦右衛門元忠であった。

語り

家康への忠義にあふれ、曲がったことを嫌うこの頑固な猛将の目には、今回の真田討伐そのものが「格下の小物への罰」としか映っていなかった。物見(偵察)から戻った足軽大将が、恐る恐る頭を上げて報告する。

足軽大将

はっ。城は……未だ普請(工事)の途中にございます。石垣は門のまわりに僅かにあるのみで、大部分は土を盛っただけの土塁。堀に水もなく、ただ掘り下げただけの空堀にございます。

足軽大将

城下から本丸に至る道も、にわか作りの木柵(千鳥がけの柵)で塞がれている程度。とても天下の徳川を迎え撃つ構えとは、到底思えませぬ

語り

その報告を聞いた瞬間、幕舎のなかに乾いた笑い声が響いた。笑ったのは、若き日の大久保彦左衛門忠教(後の『三河物語』の著者)である。

大久保忠教

おいおい、聞いたか、兄者。城とも呼べぬ『泥の土手』ではないか。真田安房守(昌幸)ともあろう者が、我ら三河武士を迎え撃つというからいかなる要害かと思えば、ただの泥縄式の陣小屋よ

語り

彦左衛門は兄の大久保七郎右衛門忠世を振り返り、肩をすくめた。大久保忠世は織田信長からも「あぶら(油)のような強者」と評された老練な戦上手である。忠世は少しだけ顎をさすり、慎重に口を開いた。

大久保忠世

真田は小賢しい男。織田、上杉、北条の間を、狐のごとく泳ぎ回ってきた。何か企みがあるやもしれん

語り

しかし、その慎重論を鳥居元忠が鼻で笑い飛ばした。

鳥居元忠

忠世、考えすぎよ。小賢しい狐ゆえに、大局が見えんのだ。真田の兵など、上杉からの借り物を合わせても二千そこそこ。我が方の三分の一にも満たぬ。しかも城はあのザマだ。

鳥居元忠

沼田の領地を惜しむあまり、分をわきまえずに家康様を怒らせたのが運の尽きよ

語り

元忠は軍配を机に叩きつけ、一同を見渡した。

鳥居元忠

たかが五万石にも満たぬ小大名の真田が、にわか作りの未完成の城で何ができる! 我ら三河の兵が力攻めすれば、あんな泥の壁など一揉み、いや半日もあれば踏み潰して本丸まで突き抜けるわ!

語り

隣で静かに聞いていた平岩主計頭親吉も、元忠の言葉に頷いた。平岩は家康の幼少期から苦楽を共にしてきた男であり、徳川の武力に絶対の自信を持っていた。

平岩親吉

元忠の言う通りよ。我らは武田の騎馬隊とも、織田の鉄砲隊とも渡り合ってきた。真田の仕掛けなど、正面からねじ伏せてくれよう

鳥居元忠

よし、日没を待つまでもない!

語り

元忠が立ち上がる。その顔には、勝利を確信した傲慢な笑みが浮かんでいた。

鳥居元忠

大手門から一気に攻め入る。真田昌幸の首を家康様への土産にするぞ。者ども、泥の城ごと踏み砕け!

徳川将星たち

おおおっ!

語り

と幕舎に轟く徳川将星たちの鬨(とき)の声。このとき、彼らはまだ知らなかった。

語り

自分たちが「未完成のボロ城」と見下したその土塁と木柵の迷路こそが、真田昌幸が命を懸けて編み出した、徳川軍七千を呑み込む「底なしの地獄の罠」であるということを――。

上田城本丸の軍議
語り

天正十三年八月。完成間近の上田城本丸は、真田の将兵たちの熱気と焦燥に包まれていた。徳川軍七千が迫るという報が入るなか、本丸の陣屋に集まった者たちは、眼前に広がる城の有様に不安を隠せずにいた。

真田の重臣

殿、本当にこの城で徳川を迎え撃つのですか。石垣は大手門の周りのみ。大部分は土を盛っただけの土塁にございます。堀に至っては、水の一滴すら入っておらぬただの空堀……。

真田の重臣

これでは敵の騎馬がそのまま駆け上がって参りますぞ

語り

重臣の一人が、焦りを含んだ声で主君に詰め寄った。その声を、本丸の奥に座る真田安房守昌幸は、冷えた白粥でもすするように泰然と聞いていた。昌幸の顔には、大軍を前にした恐怖など微塵も浮かんでいない。

語り

むしろ、その細い目をさらに細め、不敵な笑みを浮かべていた。

真田昌幸

案ずるな。水のない空堀だからこそ、泥の壁だからこそ、徳川は落ちるのだ

語り

昌幸は手元に置いた上田の絵図面を指先で叩いた。

真田昌幸

家康の家臣どもは、武田を滅ぼし、北条と渡り合い、今や天下で最も鼻が高くなっている。我ら五万石に満たぬ国衆など、一揉みでひねり潰せると思うておるはずよ。その驕りこそが、奴らの命取りよ

語り

昌幸は立ち上がり、絵図面の上に細長い木片を次々と並べていく。それが、城下町から城内へ至る道筋に張り巡らされた「千鳥がけの柵」の群れであった。

真田昌幸

徳川の先鋒が来たら、戦うふりをして大手門を開け、二の丸まで一気に引き込め。奴らは色めき立ち、功を競って狭い城門に我先にと押し寄せる。……そこよ

語り

昌幸の目が、冷酷な知将のそれへと変わる。

真田昌幸

水のない深き空堀は、落ちれば二度と這い上がれぬ底なしの墓穴となる。さらに、入り組んだ木柵の迷路に敵の足が止まったその瞬間、周囲の土塁の陰、千鳥に配した物見櫓から、一斉に鉄砲を撃ち込め。矢を注げ。

真田昌幸

大石を落とせ。逃げ惑う敵は、己の馬と兵に踏み荒らされ、身動きが取れなくなる。城全体を、奴らの血を吸う巨大な『落とし穴』にするのだ

語り

その時、砥石城の守備を任されている長男・真田源三郎信幸が静かに口を開いた。

真田信幸

父上、城内で敵が乱れたところを、私が砥石城より打って出て、横合いから急襲いたします。命からがら逃げ出す徳川の兵を、増水した神川へ追い詰めましょう

真田昌幸

うむ、源三郎、よくぞ見抜いた

語り

昌幸は満足そうに頷いた。

真田昌幸

城だけが戦場ではない。上田の山も、川も、町も、すべてが我が戦陣よ。徳川が『未完成のボロ城』と見下したこの泥の壁で、天下の三河武士の首を根こそぎ刈り取ってくれようぞ

語り

陣屋に集まった将たちの顔から、不安が消え去り、代わりに武者震いが走る。泥と土、そして木柵だけで作られた未完成の城が、昌幸の脳内ではすでに、七千の敵を喰らう最凶の要塞へと変貌を配置し終えていた。

上田城をめぐる攻防

1. 決戦の朝

天正十三年(一五八五)八月。

徳川家康は、命令に従わなくなった真田昌幸を討つため、信濃・上田へ軍勢を差し向けた。

徳川軍――七千余。

対する真田軍――二千足らず。

鳥居元忠

「見えたぞ」 「――上田城だ」

大久保忠教

「ははっ」 「昨日の物見が申した通りではないか」 「土塁に空堀……」 「これが真田安房守の城か」

鳥居元忠

「七千の兵を前にして、籠もるしか能のない狐よ」

鳥居元忠

「者ども!」 「今日の日暮れまでには、あの城に徳川の旗を立てるぞ!」

「オオオオオッ!!(徳川勢の鬨の声)」

大久保忠世

「…………」

大久保忠教

「兄者?」 「まだ真田の策とやらを気にしておるのか?」

大久保忠世

「平助」 「戦というものはな」 「敵が弱く見える時ほど、よく見ておけ」

大久保忠教

「またそれか」 「ならば兄者は後ろで見ておれ」 「真田の策とやら、この槍で突き破ってくれるわ!」

大久保忠世

「……血気にはやるな」 「死ぬぞ」

2. 真田、敵を待つ

伝令

「申し上げます!」 「徳川勢、上田へ進軍!」 「先鋒、まもなく城下へ迫ります!」

真田昌幸

「……そうか」

真田家臣

「殿!」 「敵は七千!」 「こちらは二千にも届きませぬ!」

真田昌幸

「それは昨日も聞いた」

真田家臣

「しかし――!」

真田昌幸

「七千であろうと、一万であろうと」 「一度にわしを斬れるのは、一人だけよ」

真田昌幸

「源三郎」

真田信幸

「はっ」

真田昌幸

「砥石の守りを頼む」

真田信幸

「敵の動きを見ながら、機を窺います」

真田昌幸

「うむ」 「敵が城へ取りついたからとて、慌てて動くな」 「戦場を見よ」

真田信幸

「……敵の陣が乱れた時こそ、我らの好機」

真田昌幸

「そういうことよ」 「機を見て動け」

真田信幸

「承知」

史実:第一次上田合戦では、昌幸の長男・信幸が砥石城の守りを固めていたことが確認されています。 ただし、この父子の会話および具体的な作戦指示は演出上の再構成です。 上田市文化財資料は、砥石城を「上田城の背後をおさえるだいじな」拠点とし、1585年には信幸が守りを固めたとしています。

3. 上田城への攻撃

「ドドドドド……!(大軍の迫る地響き)」

徳川兵

「真田だ!」 「前方に真田勢!」

「バンッ!(鉄砲の音)」 「バンッ! バンッ!(続けざまに鉄砲の音)」

徳川兵

「退くぞ!」 「真田が退く!」

大久保忠教

「見たか!」 「押せ!」 「逃げる背を追え!」

大久保忠世

「待て、平助!」

大久保忠教

「待っていては手柄を取られる!」

鳥居元忠

「構わぬ!」 「押し込め!」

4. 推定・上田城正面虎口

推定復元 1585年当時の上田城の門の位置・名称・構造、および徳川軍の正確な侵入経路は不明です。

鳥居元忠

「門を破れ!」 「一気に城内へ入れ!」

「ドンッ!」 「ドンッ!」 「バキッ!(木材が壊れる音)」

徳川兵

「入ったぞ!」 「城内へ入った!」

大久保忠教

「はははっ!」 「兄者!」 「真田の策とやらは、どこにある!」

大久保忠世

「…………」

大久保忠教

「どうした?」

大久保忠世

「……まだだ」

5. 二の丸――勝ったはずの徳川軍

徳川兵

「二の丸だ!」

別の徳川兵

「二の丸まで入ったぞ!」

大久保忠教

「見たか、兄者!」 「真田もこれまでよ!」

鳥居元忠

「止まるな!」 「このまま押し切れ!」

「オオオオオッ!!(徳川勢の歓声)」

徳川勢は上田城へ押し寄せ―― 二の丸まで乱入

史料記述『三河物語』 「上田之城へ押寄、二の丸迄乱入ける」

徳川兵

「火を掛けろ!」

別の徳川兵

「焼き払え!」

柴田七九郎

「待てッ!」

柴田七九郎

「火を掛けるな!」

徳川兵

「なぜでございます!」

柴田七九郎

「中を見ろ!」

柴田七九郎

「味方がこれほど入り込んでおる!」

柴田七九郎

「今ここで焼けば――」

柴田七九郎

「中の者まで出られなくなるぞ!」

攻め込んだ兵が多すぎる。 ゆえに、城を焼くことさえできない。

6. 城が牙を剥く

徳川兵

「どうする!」 「このまま進むのか!?」

別の徳川兵

「後ろがつかえている!」

「ドンッ!!」

徳川兵

「うわッ!」

「ゴロゴロゴロッ!!(大石が転がる音)」

徳川兵

「上だ!」 「石が来るぞ!」

『三河物語』には、退却局面で真田方が大木・大石を落としたとする記述があります。 この場面の配置・時機は演出上の再構成であり、後世の「千鳥掛けの柵」の伝承とは分けて扱います。

「ワアアアアアッ!!(真田勢の鬨の声)」

徳川兵

「退け!」

後方の徳川兵

「退けだと!?」 「こちらはまだ入っているところだぞ!」

前方の徳川兵

「真田が出てきた!」 「道を開けろ!」

進む兵。 退く兵。

城内で、徳川勢の統制が崩れ始める。

7. 「弾薬がない」

柴田七九郎

「鉄砲だ!」

柴田七九郎

「鉄砲衆を前へ出せ!」

柴田七九郎

「…………」

柴田七九郎

「何をしている!」

柴田七九郎

「鉄砲を出せ!」

柴田七九郎

「七郎右衛門!」 「鉄砲はどうした!」

大久保忠世

「…………」

大久保忠世

「弾薬がない」

柴田七九郎

「何?」

大久保忠教

「兄者」 「弾なら――」

大久保忠世

「……平助」

大久保忠世

「見ろ」

大久保忠教

「…………」

大久保忠世

「弾がないのではない」

大久保忠世

「……兵が、もう前へ出ぬ」

大久保忠教

「…………!」

大久保忠世

「それを皆の前で」 「『怖じ気づいた』などと言えるか」

大久保忠教

「兄者……」

大久保忠世

「退くぞ」

大久保忠教

「退く!?」

大久保忠世

「ここに留まれば」 「軍そのものが潰れる」

8. 昌幸、反撃を決断

その少し前、本丸――

伝令

「殿!」 「徳川勢、二の丸まで入りました!」

真田家臣

「二の丸まで!?」 「殿!」

伝令

「徳川勢――」 「城内で足を止めております!」

真田昌幸

「……止まったか」

伝令

「はっ!」

真田昌幸

「ならば」 「今度はこちらの番よ」

真田家臣

「出ますか!」

真田昌幸

「押し返せ」

真田昌幸

「首を取ることに夢中になるな」 「敵を崩せ」

真田昌幸

「七千が七千のままなら強い」 「だが――」 「我先に逃げ始めれば、ただの群れよ」

演出上の再構成 昌幸がこの言葉を発したという史料はありません。また、徳川軍を二の丸まで誘い込むこと自体が、あらかじめ昌幸の計画だったと確認できる史料もありません。

9. 形勢逆転

城内では、鳥居勢にも後退の波が及んでいた。

「ワアアアアッ!!(真田勢の叫び)」

徳川兵

「後ろだ!」

別の徳川兵

「退け!」

別の徳川兵

「押すな!」 「後ろがつかえておる!」

大久保忠教

「兄者!」 「これは――!」

大久保忠世

「崩れるな!」 「隊列を保って退け!」

鳥居元忠

「止まれ!」

鳥居元忠

「三河武士が背を見せるな!」

鳥居元忠

「止まれ!」 「止まらぬかッ!」

勝敗

10. 砥石城の信幸

物見

「若殿!」 「上田城より、徳川勢が退き始めました!」

真田信幸

「まだだ」

物見

「しかし、この機を逃せば――」

真田信幸

「慌てるな」 「まだ敵は軍の形を保っている」

物見

「若殿!」 「鳥居勢も崩れました!」

真田信幸

「……今だ」

真田信幸

「出るぞ」

家臣

「はっ!」

真田信幸

「敵の側面を突く」 「深追いはするな」 「崩せば、それでよい」

確認できること:信幸は第一次上田合戦時、砥石城の守りを固めていました。 再構成:この場面の具体的な出撃時刻・台詞・進軍経路は演出です。

11. 三河武士の崩壊

「ドドドドッ……!(兵と馬が退く音)」

徳川兵

「退け!」 「真田が来るぞ!」

別の徳川兵

「鳥居隊も退いている!」

大久保忠教

「兄者!」 「何をしている!」 「退くぞ!」

大久保忠世

「……平助」

大久保忠教

「何だ!」

大久保忠世

「このままでは退却ではない」

大久保忠世

「潰走になる」

12. 金の揚羽蝶

大久保忠世

「大久保七郎右衛門忠世、ここにおる!」

大久保忠世

「散った者は我が旗へ集まれ!」

徳川兵

「七郎右衛門様だ!」

別の徳川兵

「あの旗へ集まれ!」

大久保忠教

「ちっ……」 「兄者だけに、いい格好をさせるかよ」

大久保忠教

「大久保平助、ここにおるぞ!」 「まだ槍を持てる者は戻れ!」

崩れた徳川勢の中で、大久保勢は敗兵を集め、踏みとどまった。

13. 神川

この戦いは、後世「神川合戦」とも語られる。

敗走する徳川勢が神川で多数溺れた――。 さらには、昌幸が上流を堰き止め、頃合いを見て水を放った――。

そのような伝承も残されている。

ただし、今回確認した『三河物語』の上田合戦記事から、「昌幸が神川の堰を切った」という水攻めを確認することはできません。

14. 勝敗

真田家臣

「殿」 「徳川勢、退いております」

真田家臣

「追いますか」

真田昌幸

「いや」

真田家臣

「しかし、今なら――」

真田昌幸

「城は残った」

真田昌幸

「それでよい」

伝令

「申し上げます!」 「源三郎様、ご無事!」

真田昌幸

「……そうか」

真田昌幸

「ならば――」 「上出来よ」

15. 敗者の夜

大久保忠教

「…………兄者」

大久保忠世

「何だ」

大久保忠教

「俺は朝――」 「半日もあれば落ちると思っていた」

大久保忠世

「…………」

大久保忠教

「あの城……」 「何だったんだ」

大久保忠世

「覚えておけ、平助」

大久保忠教

「何を」

大久保忠世

「今日のことをだ」

大久保忠世

「勝った戦より」 「負けた戦の方が、人は多くを覚えておる」

16. エピローグ

第一次上田合戦

徳川軍――上田城攻略に失敗。

真田昌幸は、築城途上の上田城を守り切った。 上田市によれば、上田城は1583年に築城が始まり、第一次上田合戦が起きた1585年9月ごろに「一応の完成」をみたとされています。第一次上田合戦については、7千余の徳川軍を2千足らずの真田軍が退けたとしています。

「上田之城へ押寄、二の丸迄乱入ける」 ――『三河物語』

第一章 第一次上田合戦 完

史料・制作上の参考資料